Oct28

体の時間

地球は狭くなり、人間の行動範囲は大きくなった。むかし遠くにあってなかなか実際に行くことのできなかった所にも行けるようになり、ふるさとを思う詩や歌も過去{かこ}のものとなった。かぐや姫の去っていった月の世界にも、行こうと思えば行けないことはない時代である。しかし、実際には遠くにあるものも近くに体験することには、体にも心にも無理があるのではなかろうか。

最近、ある動物生理学の学者の話を読んで感心した。人間の心臓は大体一秒間に1回打つが、ネズミは0.1秒に1回打ち、ゾウは1回打つのに3秒もかかる。しかし、一生の鼓動(こどう)の数はみな15億回。動物が一生の間に使うエネルギーも決めっていて、小さいネズミは一生を駆け抜けて行くし、ゾウはゆっくりのんびり生きる。

人間にも体の時間があるのだが、現代人はそれをコンピューターや高速鉄道などを使ってどんどん速くするため、体の時間と社会の時間とのギャップからストレスが生じる。都会人の生き方は異常である。定員の三倍の満員電車の人口密度は大変なもので、これほどの密度でいるのは蚊の大きさの動物だけである。その満員電車で郊外から都心まで通勤するのは、虫(むし)かごに詰(つ)め込まれて、ゾウのような広い移動範囲を移動することになる、というのである。

確かに、人間も体の時間で生きるほうがいい。そう思っても、現実には、ストレスの生(しょう)じるコンピューターや高速鉄道を使わざるを得ない。せいぜいできることは、自分が無理をしていることを悟(さと)って、ストレスを減(へ)らす方法を考えることであろうか。

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